2026.3.16

開催レポート:2025フィールドスタディ「震災復興と地域活性・まちづくりを考える」コーディネート

レポート

▶︎レポーター

高崎 大輔 人間環境学部同窓会事務局(2006年度卒業・第5期)

東日本大震災・東京電力福島原子力事故被災地でのフィールドスタディ実施は、今年で3回目になります。(前回開催の様子はこちら

震災・事故から14年と約半年が経過し、現地では日々刻々と復興が進んでおります。一方いまだ避難指示が解除されず震災直後の状態で建物だけが取り残されている地域、そして避難生活を余儀なく強いられ、いまだ自宅へ戻れない被災者の存在を忘れてはいけません。その中で、当時の被災状況やこれまでの復興過程、昨今のエネルギー情勢などを伝えながら現地でコーディネーターをつとめました。

昨年度から継続して依頼をいただいた渡邊誠先生に感謝を申し上げます。

また、現地において、ご説明にあたられた菅野綾さん(同学部卒業生)、福島県いわき市、大熊町、双葉町他のみなさまにも感謝を申し上げます。

開催概要

・開催日程 2025年8月25日(月)~28日(木)
・訪問先  福島県いわき市、双葉郡広野町・楢葉町・富岡町・大熊町・双葉町・浪江町
・参加メンバー 学生16名
・渡邉 誠先生
・同学部卒業生の菅野(旧姓 西山)綾さんが現地を案内
・事前後学習会 ※2025年7月19日(土)・2025年9月20日(土)に事後学習会を開催

1.学習のポイント

◆被災・被害状況を他の事例と比較する。

・地震、津波、放射能、風評、間接的なもの
・帰還困難区域/避難指示解除区域/特定復興再生拠点区域

◆まちづくり、帰還状況、地域復興の進捗を把握する。

・電源立地地域(特に原子力発電所城下町)の変容。
・人口、生活、創業、雇用、教育、福祉・医療、脱炭素、伝統、スポーツ、観光、交流ほか
・地産地産型エネルギー需給モデル(「特定送配電事業」)の実証

◆震災前の福島県と首都圏の関係をふりかえる

・戦後の高度経済成長や電化の発展に貢献した石炭供給や電源開発

◆電源構成の変化(脱原発から脱炭素)による影響

・電気料金や二酸化炭素排出量への影響
・本件事故を機会に再エネが急成長。その背景や導入による影響
・原子力発電の再稼働による影響(経済、環境、安定性)

毎夕食後、ミーティングを開催し、各班から報告をしていただきました。

・現地ではどんな被害があったか
・復旧から復興の進捗状況
・気づき、カイゼン、提案

2.行程

3泊4日の行程ごとに、写真も交えてフィールドスタディの様子をレポートします。

(第1日目)

・いわき市の温泉供給会社を訪問。湯本温泉郷やリゾート施設などへ温泉を供給する事業概要、温泉にかかわる太古の歴史や温泉熱の利用拡大、観光資源等について学ぶ。
<写真1>温泉供給会社で説明を受ける <写真①>温泉供給会社で説明を受ける

・「石炭・化石ミュージアム(「ほるる」)」では、石炭の歴史、常磐炭鉱の栄枯盛衰など基礎知識を学ぶ。

・JR湯本駅前商店街を散策。駅前再開発計画がある中で、町中の状況を視察。
<写真2>JR湯本駅前再開発区域をぶらり散策 <写真②>JR湯本駅前再開発区域をぶらり散策

・宿泊施設構内に併設された「原子力災害考証館」で、東日本大震災および原子力事故による被災や復興について対話。宿泊はいわき市湯本温泉郷。
<写真3>原子力考証館でふりかえりと明日からの作戦会議 <写真③>原子力考証館でふりかえりと明日からの作戦会議

(第2日目)

・沿岸部の津波被災地や原子力事故による避難被災地を視察。
・菅野さんの旧実家前(富岡町)で震災当時から現在に至るまでの状況を聴く。
<写真4>菅野さんの旧実家前で説明を受ける <写真④>菅野さんの旧実家前で説明を受ける

・JR浪江駅周辺商店街を視察。

・大熊町役場が主体運営になり、メガソーラーを主要電源とする特定送配電事業を視察。
・大熊町で事業再開、創業および移転をサポートするインキュベーションセンターを訪問し、施設見学と情報交換。
<写真5>大熊駅周辺再開発により開業された「くまSUNテラス」の飲食店でランチ <写真⑤>大熊駅周辺再開発により開業された「くまSUNテラス」の飲食店でランチ

・宿泊は、大熊町公営施設
<写真6>毎晩おこなわれた夕食後のミーティングの様子 <写真⑥>夕食後、毎晩ミーティングがおこなわれました

(第3日目)

・再開発されたJR大野駅(大熊町)前および中間貯蔵施設(大熊コース)を視察。
<写真7>中間貯蔵施設の現地で説明を受ける <写真⑦>中間貯蔵施設の現地で説明を受ける

・「東日本大震災・原子力災害伝承館」で学芸員より説明を受ける。

・災害遺構「浪江町立請戸小学校跡」を視察。
<写真8>震災当時の状態で保存される双葉町消防団詰め所 <写真⑧>震災当時の状態で保存される双葉町消防団詰め所

・JR双葉駅西口に移転された双葉町役場および今年8月にオープンされたスーパーの視察。
<写真9>JR双葉駅西口のスーパーで復興大臣に遭遇する <写真⑨>JR双葉駅西口のスーパーで復興大臣に遭遇する

・JR双葉駅東口の公営住宅へ帰還された住民へインタビュー。

(第4日目)

・いわき市内の地元電力会社の水力発電所および県営ダムを視察。
<写真10>四時ダムで集合写真 <写真⑩>四時ダムで集合写真

・いわき市内の石炭火力発電所を視察。
<写真11>いわき市内の石炭火力発電所 <写真⑪>いわき市内の石炭火力発電所で集合写真

・いわき市内でもっとも津波被害の大きかった豊間地区を視察と意見交換。
<写真12>津波被害に遭われた被災者より説明を受ける <写真⑫>津波被害に遭われた被災者より説明を受ける

・小名浜漁港・石炭ヤード、観光・商業施設、小名浜工業団地を視察。

3.学生からの声

✓JR湯本駅前の再開発計画がある中で、地域と人をつなぐ活動が印象的であった。
✓JR湯本駅前開発において、行政や開発事業者と住民の意識や価値観に乖離がある。店舗や公営温泉施設等が立ち退きを強いられる。誰のための事業なのか、疑問が多い。
✓沿岸部で幼い少女を捜索していたが、原発避難指示により打ち切りになった。これは天災だけでなく人災でもある。
✓中間貯蔵施設建設に反対していた住民が原発問題を解決させるため、移転に合意した話が印象的であった。
✓最終処分地が決まらなければ、ここが最終処分場になるのではないか。
✓除去土壌の再利用を積極的に勧めている。
✓大熊町はオフィスや商業施設の建設や企業誘致に力を入れ、双葉町は公営住宅建設や店舗開業に力を入れていることが対照的であった。
✓大熊町へ自ら移住され、帰還や移住、事業再開や創造を支援し、また、町のつながりを創る姿が印象的であった。
✓菅野さんが実家へ戻られたこと、現地で私たちに説明してくれたことは、復興の一歩である。バスの中での説明も印象的であった。
✓JR大野駅前が際立って発展している。他自治体、電鉄会社、県や国との連携が気になる。
✓原子力は人類にとって必要なのか、疑問をいだく。ウランに依存している以上、輸送にかかる炭素排出等があるため、持続可能な社会実現や地球温暖化対策の得策とは言い難い。
✓双葉町では、公営住宅の建設やスーパーの開業を手がけ、住民帰還や移住に力を入れている。ただ、病院や学校が近所にないため、生活が快適とは言えない。復興の象徴として建設された「長塚跨線橋(同年8月に開通)」は本当に必要なのか、疑問が残る。
✓双葉町の公営住宅へ帰還されたのは、高齢者が多く占めている。
✓JP大野駅に特急が停まれば、人の流れが変わるのではないか。
✓駅前などの「特定復興再生拠点区域」以外は、被災当時から時が止まっている。
✓浪江町は田畑にメガソーラーを建設、一方大熊町はコメや酒づくりを再開。対照的であった。固定価格買取制度が終わった後の売電方法やメガソーラの廃棄が気になる。 ✓請戸小での当時の教頭の英断がよかった。日頃から臨機応変に対応する力が求められる。
✓原発立地は地域の雇用を創り経済効果を与えた。また学校教育にも影響を与えていた。
✓浪江町に福島第三原子力発電所(東北電力)の誘致が決まった新聞記事が目に留まった。
✓廃校になった旧大野小学校(大熊町)は、インキュベーションセンターへ、請戸小学校(浪江町)は、災害遺構へ、廃校の再利用が対照的であった。
✓豊間地区で津波当日の話が印象的であった。被災からの教訓を風化させないため、人が人へ伝える意義を感じた。
✓豊間地区の防災公園は、コンクリートではなく、景観や環境を配慮している。施設:ドームシェルタ、巨大テント、マンホール型トイレ、非常用発電機・コンセント
✓復興財源は、私たち国民の税金で賄われているため、当事者意識を持つことが大事。

4.現地調査を終えての所感

今回、訪問した湯本温泉郷および「大熊町るるるん電力」は、公共性の高い温泉(給湯)や電力を特定のエリア(需要)へ、特定のエネルギー(供給)を送り出し、需要と供給を成立させている性質に共通項があることがわかりました。特定のエリアであるため、一般的に事業収支は安定していると考えられております。しかし災害による住民避難やコロナ感染拡大防止により利用者が減った場合、規模が限定しているため直接的なダメージを受ける短所があり、湯本温泉郷では、昨今の観光客減少により象徴的に影響があったことがわかりました。

大熊町では、旧町立小学校校庭にメガソーラー(約1.8MW)と蓄電池(4,000kW時)を設置し、「特定復興再生拠点区域」に指定されたJR大野駅前の「CREVE大熊」(産業交流施設)や「くまSUNテラス」(商業施設)などへ電力を供給(「特定送配電事業」)し、大熊町が掲げる“ゼロカーボン宣言”の推進と合わせ、住民帰還や地域開発を加速的に進めていることがわかりました。今後の地域発展とエネルギー・電力需要の可能性について関心が高まりました。

さいごに

今回の参加された学生のみなさまは、当時、未就学から小学校低学年に起きたできごとであったため、当時の被災状況を知ってもらうことに重点を置きました。現地でご案内いただいたみなさまへあらためてお礼を申し上げます。

加えて、菅野綾さんには、一昨年、昨年同様に帰還困難地域(現在は解除)に指定された旧実家前で幼少期のことや高校通学の頃の話、ご家族の避難経過について語っていただきました。そして今回はじめて大熊町を訪問することにあたり、大熊町役場やインキュベーションセンター等との調整をいただき、円滑かつ有意義な行程を組むことができました。重ねてお礼を申し上げます。

現地の復旧・復興は途上にあります。あらためてこの被災および事故の甚大さを認識しなければなりません。

以上